「おい、そっち持てそっち!」 
                                          「違うよ、早くしろよ」 
                                          「桐の林が…桐の林が…」 
                                          1994年、池袋小劇場の最前列に座った客の耳には、暗闇から聞こえる役者たちの悲痛なひそひそ声が届いていた。 
                                          「台詞…じゃないよね。今、真っ暗だし」 
                                          真っ暗の舞台上では今なお格闘が続いている。6番シード旗揚げ公演「桐の林で二十日鼠を殺すには」第三幕から四幕への場面転換。桐の林が林立する庭のシーンから、いよいよクライマックスへと向かうその瞬間、悲劇が訪れた。 
                                          二分間の暗転。無音だった。 
                                          久間は当時をこう振り返る。 
                                            「いやあ、桐の木の寸法を間違えちゃったんだよね。それで袖にハケきれなくて、あっち持てこっち持てってな具合で、二分間待たせちゃった。そもそも劇場に桐の木を10本くらい持っていったらね。そこから無理ってな話」 
                                            勿論本物の桐の木ではない。しかし、試行錯誤の末に完成したのは、竹の木を何本も束ねて作った20キロ近くあるシロモノだった。 
                                            結局、木だった。 
                                          久間は結成から旗揚げ公演までに一年半の月日をかけた。基礎練習から始まり、幾度とない通し稽古を踏んで、結成時6人だったメンバーも8人まで増えた。微増だった。 
                                            初めて売れたチケットのことを久間は今も思い出すという。 
                                            「所沢にある大きなホールを借りて練習をしたことがあって。そこの館長さんが通し稽古を見て気に入ってくださってね。太っ腹にチケットを買ってくれたんだ」 
                                            二枚だった。 
                                          久間はデビュー作にサスペンスを選んだ。その後に続くコメディやラブストーリーといった作品群とは一線を画す、異色作だった。 
                                            「ほら、サスペンスだと続きが気になってしょうがないでしょ。役者に新しいページを渡す時にびっくりさせてやりたくてさ、それだけの理由でサスペンス」 
                                            その作品が、97年、2001年に再演することとなる代表作となった。 
                                          97年の再演では後に劇団で作・演出を担当する松本陽一が役者としてデビューした。 
                                            松本は当時をこう語る。 
                                            「スタッフとして手伝ってくれって言われてやってきたら、いきなりホン読みをやらされたんです。何かの間違いだと思いながらも読んでたら、いきなり、声が小さい、とか、もっと感情を深く読んで、とか、無茶苦茶ダメだしされた。あまりの理不尽さに腹が立ったので、このまま引き下がってたまるかって、気付いたら舞台に立ってました。今になってみれば、久間さんにうまくハメられたって感じですね」 
                                            久間はこう語る。 
                                            「あ、そうなの」 
                                            何かの間違いだった。 
                                          1994年、池袋小劇場。旗揚げ公演を成功させたい、その一心が久間を動かした。 
                                            「何をやってるんだっ!早くしろ」 
                                            舞台袖で待機していた久間は、たまらず暗転中の舞台に飛び込んだ。 
                                            「痛っ」 
                                            主演女優とぶつかった。 
                                            「もういい、これ以上、お客様を待たせる訳にはいかない」 
                                            久間は決断した。 
                                            「明かりをつけろ!」 
                                           照明がつき、クライマックスの天宮家の研究室のシーンが始まった。役者たちも落ち着きを取り戻している。久間は舞台袖で祈った。 
                                            「どうか見つからないでくれっ」 
                                            研究室に置かれたベットの脇に、ハケきれなかった桐の木が二本、残っていた。 
                                             
                                            バレバレだった。 
                                            
                                          
                                             
                                              | 次回は「帽子を特注しろ!〜執念で挑んだズラズラ大作戦〜」 | 
                                             
                                             
                                              | ―星より昴く― | 
                                             
                                           
                                          
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