第三章第一節  「処刑場と聖殿」
         ―サラガヤの兵士と僧侶―

「何を仰いますか。ラビナス様がお留守の時でなければ、このように心置きなく飲むことは出来ないのですよ」
(第8幕、ラビナスが不在の聖殿で、酔った僧達が千鳥足で歩いてくる)

物語の舞台
 アスカリナの処刑場からこの物語は始まる、ということは以前にも触れたが、この刑場で処刑の一切を任されているのがサラガヤの兵士達(図1)である。集まってきたマサロ人たちを殴り、蹴散らし、そしてなお彼ら
図1
鎧や刀に時代や地域が反映されますが、
この図はいい加減です。ちなみに馬でなく
駱駝かも知れません。
を煽っていく兵士達。虐げられた民衆と権力者達との構図を一層浮かび上がらせる役目を担っているといってもよい。しかし兵士達の上には千騎長ハンガス(注1)が、そして邦頭コンパーレ(注2)の存在があることを忘れてはならない。執拗なまでにマサロ人を煽っていく兵士達の言動は、ただ単に自分達の力を誇示するということだけではないようだ。ハンガスのそしてコンパーレの思惑あっての兵士ということである。
 しかし物語が後半に進むにつれて兵士にも変化が訪れる。権力者サラガヤの象徴である兵士達の変化は、物語を通じて起こるサラガヤの変化といってもよいだろう。もちろんコンパーレもハンガスも、そしてラビナス(注3)もサラガヤの人間である。

注1―千騎長って何だ?って方、きちんと前回までのおさらいをしておきましょう。
注2―邦頭って何だ?って方、もう一度第一章から読み直したほうが良いでしょう。
注3―ラビナスってあのシャンプー?って方、おさらいはもういいので12月1日に劇場に行きなさい。

僧の戒律 
 もう一つ物語で重要な舞台となるのがサラガヤ聖殿である。祭司長ラビナスに仕える僧侶達(図2)が厳し
図2
服装や髪型に時代や地域が反映されますが、
この図はいい加減です。ちなみに、砂漠都市な
のでもうちょっと薄着かも知れません。
い戒律の中で最高神サマシタールの教えの布教を行なっている。厳密に言うと戒律よりはラビナスの存在のほうが彼らにとって厳しいようである。冒頭に記した台詞にあるように、鬼の居ぬ間に羽目を外してしまう僧侶達のほうが、兵士達よりはやや人間味があるかもしれない。しかしその人間味も、戒律の中、権力渦巻くサラガヤの中ではやがて大きな問題となっていくこととなる。物語の中盤で僧侶達の起こした何気ない行動(注4)が、タジムをそしてサラガヤの人間達をも巻き込んでいくことになるのだ。

 処刑場と聖殿、物語の核となる舞台に存在する兵士と僧侶。ある意味彼らはこの作品のストーリーテラーと言えるかも知れない。

注4―こればっかりは口が裂けても言えません。この解説書は脚本家未承認ではありますが、公演前の予備知識にとどめておりますのでご了承を。
                 次回は、第三章第二節「転び」
                     ―マサロ人の苦悩―
                      です、お楽しみに。