
自分の本当の行方が・・・ |
崎山は笑っていた。崎山にとって、こんなにも心地よく笑うのは本当に久しぶりのことだった。肝臓の悪そうな顔には心からの喜びが溢れていた。
7月8日、築地・ブディストホール。千秋楽を終え、3日間、6番シードの「星より昴く」の世界が広がっていた舞台を見つめ、崎山は様々な思いをめぐらせていた。轟の活躍は、目を見張るものがあった。この2ヶ月、稽古に稽古を重ね、神経をすり減らす轟を支え、励まし、まさに二人三脚で公演当日を迎えていた。崎山にとって生の大きな舞台に自分の抱えるタレントが出演するのは初めてで、初日の朝は緊張を隠せずにいた。だが、回を重ねるごとに生き生きとした表情を見せる轟を目の当たりにし、その緊張は少しずつ興奮へと変わっていった。
劇場には毎日あらゆる年齢層のお客さんが来場していた。内容はポップなラブストーリーで、七夕にぴったりな作品だった。ロビーには笹が飾られ、パンフレットと一緒に来場者全員に短冊が配られた。日を追うごとに笹に託された願いは増えていった。そこには来場してくださったお客さんの熱い思いが溢れていた。
長い道のりだったが、轟が6番シードの公演に参加したことにより、崎山プロダクションは一歩、階段を登ったように崎山は感じていた。ここがスタートラインだ。轟と米倉を引き連れ、そしてこれからやってくるだろう新たな希望の星を見つけ出しつつ、一歩一歩階段を確実に登っていきたい、公演を終え、崎山は強く願っていた。
翌週、崎山と轟は6番シードの稽古場に招待された。反省会を終え、打ち上げをするというのだ。まだ興奮状態から抜けきれていなかった崎山は日本酒を買い込み、轟と稽古場へ向かった。
稽古場につくとすでに宴は始まっていた。6番シードのメンバー達は二人を温かく迎え入れてくれ、稽古中のエピソードや公演中の思い出話に花を咲かせて、時は過ぎていった。6番シードの演出家は崎山に言った。
「いやあ、轟君はなかなかいい役者さんですね。味がありますよ。ちょっと顔が濃いですけども、渋い役者さんに育っていくと思いますよ。最初は大阪弁が抜けなくてどうなることかと思いましたけど、その大阪魂がコメディーには合ってたのかもしれませんねえ。」
崎山にはこの上なく嬉しい言葉だった。杯を交わしつつ、崎山と久間の演劇談は尽きることがなかった。
夜も更け、お酒もなくなり始めた頃、誰かが花火をしようと言い出した。いいねいいね、とメンバー達ははしゃいでいる。そのとき、ある男が元気に手を上げて叫んだ。
「僕が買いに行って来ますよ」
35,6歳だろうか、その割にはとても若い格好をした男が自転車にまたがり、花火を買いに出かけていった。
「あの、さっき出かけていった彼は、この間の公演の時いましたかね?」
崎山は尋ねた。
「いや、星よりの公演は休んでました。彼、あっ、山田って言うんですけど、まだ学生でね。学校の方が忙しいとかでね。熱い男なんですよ。体育会系っていうんですかね?何でも率先して仕事やる奴なんです。一生懸命というか、がむしゃらというか。高校の時は応援団にいたらしいですよ。っぽいでしょう?」
学生?ということはまだ20代前半か…35,6かと思っていたが、若いんだな…もう酔ってきていると言うのにこんな夜中にみんなの為に自ら花火を買いに行くなんて、きっと思いやりのある真面目な人間に違いない。応援団か…声も良く出るのだろう。崎山は山田という男に興味を持ち始めていた。
しばらくして、全力で自転車をこいだのか、汗だくになった山田が大量の花火を抱えて帰ってきた。崎山は、洗面所で稽古場の片隅で汗を拭いている山田に声をかけた。
「どうも。お話するのははじめてだよね?轟の所属する事務所の崎山といいます。君は、山田君?」
「あ、はい、はじめまして。どうも、お世話になってます。」
「『星より〜』には参加してなかったよね」
「ええ、そうですね。学校が忙しくてここのところあまり来られないんですよ。次回は頑張りたいんですけどねえ」
「そうか…君はいくつなの?」
「22です。初対面だと中年に見られるんですけどね」
22か…これからだな。話し方も真面目ではきはきしている。崎山は一時、山田と芝居について語った。考え方もしっかりしていて、22とは思えないほど落ち着いている。さすが、応援団にいたというだけあって、語り口調も熱い。きっと芝居も熱いに違いない。崎山の中に、新たな欲望が湧きあがってきた。轟の次は…この男だ!
しばらく話をした後、山田は片づけを手伝うといって席を立った。みんなはもうすっかりいい気分で思い思いに時を過ごしている。そんな中、山田は一人黙々と散らかった稽古場を片付けている。その背中に向かって崎山はつぶやいた。
「俺が、君を第2のスターにして見みせるからな…」
楽しい酒宴の後、帰りのタクシーの中で山田のことを考えていた。山田と是非一緒に仕事をしたいが、山田は6番シードの団員だ。まずは、劇団の代表と話をする必要があるのではないか…。
翌日、崎山は早速代表の元を訪れた。
「昨日は、どうもありがとうございました。非常に楽しかったです」
「いやいや、こちらこそわざわざおいで頂いてありがとうございました」
簡単にあいさつを交わした後、崎山は本題に入った。
「昨日いた山田君という青年、彼は今日は稽古場のほうに来ますかね?実は、彼と一緒に仕事をしたいと思っているんです。もし、そちらが問題ないということでしたら、彼をうちのプロダクションに引き抜きたいんですが…」
崎山の言葉を聞いて、代表は少し曇った表情になった。
「山田ですか…うちも彼がいないと困るんですよね…」
やっぱり俺の目に狂いはなかった、そりゃそうだ、俺はあの轟を見出したんだからな、崎山は心の中でにやりと笑った。
「やっぱり、こちらの劇団では戦力なんですか?もちろん、そちらがどうしても彼を手放したくないということなら、劇団の活動も平行して行いながら、と言う形でも私は構いませんよ」
代表は少し考えた後、笑って言った。
「それにしても、崎山さんは目が高いですね。昨日一日しか話してないのに、山田に目をつけるなんて。山田はねえ、本当に良く働く男なんですよ。一日中ナグリ片手に大道具作ったり、音響探して自転車でレンタルCD屋をはしごしたり、稽古場の掃除もまかせっきりだし…制作として、うちには欠かせない存在です。崎山さんの事務所に行っても、きっとこまごました雑用から力仕事まで、何でもこなすと思います。ただ、彼がそれを両立できるか…まだ学生ですしね…分かりました。とりあえず、山田自身に決めさせるということでいいですか?」
崎山は一瞬、代表が何を言ったのか分からなかった。制作…?ということは…
「彼は、スタッフさんなんですか?」
「ええ、スタッフ専門ですよ。崎山さんの右腕として期待を裏切らない働きをしてくれると思いますよ」
「…」
確か前にも同じようなことがあったな…どちらにしろ、役者志望ではないんだ…俺って、学習能力ないのかなあ…
崎山の様子がおかしいことに気が付いたのか、代表は怪訝な顔をしている。
「あ、と、とりあえず、この話は…僕の方でもう少しゆっくり考えてみます。そうですよね…学生ですもんね…あははは…」
軽く挨拶をして、逃げ出すように崎山はその場を後にした。
事務所に帰り、崎山はまだ山田のことを考えていた。山田だけではない、これまで出会った人たちみんなのことを…。いつもは、自分の思い通りにならないとイライラして、もうこんな仕事辞めてやる、と思っていたが、今回は違っていた。様々な人に出会い、例えそれが不本意な結果であったとしても、彼らは確実に崎山を成長させてくれている。山田だって、役者ではなかったにしろ、人間としてはきっと信頼できる人なのだろう。こうしていろいろな人と出会うことこそが、崎山にとっての勉強なのかもしれない、崎山はそう考えていた。何事にも失敗は付き物だ。大切なのは、失敗したあとどう進んでいくかなのだ。崎山には、自分の本当の行方がわかってきたように思えた。
「おはようございます」
轟が事務所へやってきた。あの舞台がきっかけで、轟はテレビの仕事を始めた。そうだ。きっとこうやって人生は進んでいくんだな。たった一つの成功が、10や20の失敗を超えることもある。
「おはよう。今日も、気合入れて撮影に臨めよ」
轟は笑顔で崎山に答えた。その笑顔を見つめながら崎山は決意した。
「信じて、楽しむ…例え、どんな試練に出会ったとしても」
終
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