
面白いオーディションを見つけました。 |
崎山は見つめていた。再び夢に目覚めたあの日から、今日までの出来事を。オレには何が足りなかったんだろう?どうしていつも上手く行かないんだろう?オレはいつも発掘した新人達を信じて世に送り出そうとしているのに。成功した人達とオレの違いはいったい何なんだろう?もしかして、オレには向いてないのかな。それまでいいかげんに生きてきたオレがいまさら夢を追いかけても無理なんだろうか?考え出すと止まらなかった。芸能界なんて一日で全てがガラっと変わってしまうような世界だ。どこで何があるかわからない。どこで誰と出会うか分からない。だからこそオレだってここまで奇跡を信じてやってきたのに。しかし、もう崎山はそんな夢を見る生活に、疲れを感じ始めていた。
「もう、辞めたほうがいいのかな・・・米倉と地道にやっていくほうが、オレには向いてるのかもな・・・」
窓の外を見上げ、崎山はふっとため息をついた。
RRRRR・・・RRRRR・・・・
ぼんやりと上の空で物思いにふける崎山を目覚めさせるように、突然、電話のベルが鳴った。
「はい、崎山プロダクションです」
崎山は受話器を首に挟み、暗い声で電話に出た。
一瞬の沈黙の後、崎山よりもさらに暗い声が受話器越しに聞こえてきた。
「あの・・・そちらの事務所に所属したいんですけども・・・」
電話をかけてきた男は、翌日、事務所へやってきた。崎山は大して期待してはいなかった。どうせいつものように大事なところで逃げ出されるんだろう。オレの人生なんてそんなもんだ。とりあえず会うだけ会ってみるか、ぐらいの軽い気持ちでオーディションをすることにした。
彼の名は、轟龍治。電話では暗い声だと思ったが、暗いのではなく、とても低い声なのだ。なかなか渋い。よく洋画の吹き替えで聞くような声だ、と崎山は思った。
「ずっと大阪の小劇団で芝居をやっていたんです。でも一度でええからどうしても自分の力を試してみたくて。もう若く無いし、東京に出てこられるのも今が最後かなと思いまして・・・」
轟は、とても腰の低い男だった。ゆっくりとした口調で話す。几帳面な性格なのだろうか。とにかく落ち着いた雰囲気だ。
「東京のことはよくわからんし、芸能界なんて全く知らん世界やから不安なんですけど、とにかくもっと大きな世界で自分の力を信じて芝居を楽しみたいとおもてるんです。小さい仕事でも、楽しんで一生懸命やっていきたいんです。よろしくおねがいします」
轟はまずそう言って、丁寧に頭を下げた。
「轟君・・・君、もう30か・・・でもよく決心したね、東京に出ようって」
「歳は関係ないとおもてます。俺はとにかく芝居が好きで、どうにかそれを仕事にしたいとおもてるだけです。劇団ではバイトしながらでどうしても片手間になってしまって。もちろんそれでも好きな芝居が出来ればええんでしょうけど、欲っちゅうんですか、人間そういうんを求め出したら止まらんでしょ。俺も欲が出てきたゆうか・・・やらずに後悔するんとやって後悔するんやったら、後者のほうがええかなとおもいまして」
今所属しているのは米倉だけだし、とりあえず所属だけさせとくか。使えるかどうかはわからないが、いつか役に立つかもしれない。かなりいいかげんな気持ちで、崎山は轟を受け入れた。
「じゃ、仕事が出来たら電話するよ。それまでとりあえず、東京の地理でも覚えておいて」
轟はありがとうございます、と大きく頭を下げ、うれしそうに事務所を出ていった。
その日の夜、寝付けなかった崎山は、近所のファミレスへ出かけた。夜中だというのに、けっこう人がいる。若者の団体のテーブルの横に座ると、煙草に火をつけ、店員を呼んだ。
「すいません、コーヒー下さい」
ふーっと煙を吐き出し頭をもたげた時、一人の男が崎山のテーブルに駆け寄ってきた。
「崎山君じゃないか?」
頭をあげると、そこには懐かしい顔があった。
「し・・・社長・・?」
そこには昔崎山がお世話になっていた事務所の社長が笑っていた。
「どうだい、最近。頑張ってる?」
社長はコーヒーを頼むと、崎山に尋ねた。
「・・・なんでしょうね・・・なんか、上手く行かないんですよ・・・あ、社長、覚えてます?ジョニーズ事務所の社長さんが昔オレにしてくれた話・・・あのとき、ジョニーさんは『こだわり』が大切だって教えてくれたんですよね。オレ、芝居にこだわってみようと思って、ずっと役者の卵を探してたんですよ。でもなかなか見つからなくて・・・」
崎山はぽつりぽつりと、今日までの出来事を社長に話し始めた。福井や松本のこと、米倉のこと、夢のこと、最近の崎山自身のこと・・・社長は時々相槌を打ちながら、時々コーヒーカップに目をやりながら、崎山の話を静かに聞いた。
「・・・オレには向いてないのかなって。答えなんてないじゃないですか。どこまで行けばいいのか、オレもう、わかんなくて・・・」
一通り話し終わり、残ったコーヒーを一気に飲み干した崎山の肩に手を置き、社長は笑った。 「まずは、肩の力を抜くんだ」
社長は大きくうなづき、2杯目のコーヒーを頼んだ。
「ミーもね、同じようなことを考えたことがあるよ。ほら、ちょうどユーがミーのプロダクションで働いてた頃。やる気ナッシングでね、もうこのままサラリーマンにでもなろうかって思ったこともあったよ。でも、やっぱりかわいいミーのタレント達を手放せなくてね。結局は、奴らを信じることから始めなきゃいけないんだって思ったよ。自分が好きで入った世界だし、奴らを信じて一緒に楽しむことが、モーストインポータントだって思ったんだよ」
信じて楽しむ・・・確か今日来た轟も同じようなことを言ってたな。オレは福井や末永を信じてあげられていたんだろうか?信じてるつもりではいても、結局は自分の利益のことしか考えてなかったよな・・・
「ミーはね、思いの大きさは必ず結果に出てくると思ってるのね。思いが強ければ強いほどがんばるでしょ。がんばればがんばるほどいいことがある。ミーの人生の方程式はシンプルよ。誰にでもできること。がんばらない人にはそれ相当の結果しか残らないのね」
まだ社長の言っている事の本当の意味が、崎山にはわからなかった。けれど、一つだけ確かなことがあった。それは、崎山自身が楽しむことを忘れていたと言うことだった。
社長は大きな笑顔でうなづくと、店員を呼び、ハンバーグとライスを注文した。
帰り道、崎山は何度も社長の言葉を思い返していた。楽しむ、信じる、楽しむ、信じる・・・二つの言葉が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。考えてみれば、出来の悪い米倉を今までずっと事務所においていたのは、米倉を信じていたからなのかもしれない。このごろ崎山は、短い期間で役者を売り出そうとばかり考えていた。もっともっと時間をかけて、時にはくだらない話をしながら一緒にこの世界を楽しむ、と言う気持ちを持てていなかった。もしかしたら松本だって、時間をかければすばらしい役者になっていたかもしれない。一回だめだったからと言ってすぐに諦めるなんて勝手な話だよな。結局、オレは自分のことしか考えてなかったんだ。もう一度、もう一度だけやってみよう。自分を信じてやってみよう。楽しんでみよう。米倉と、そして今日出会ったばかりの、轟と一緒に。
暗い夜道で立ち止まり、大きく深呼吸をすると、崎山はさっきよりも少し軽い足取りで、また歩き出した。
翌日、崎山が事務所に行くと、一通のFAXが届いていた。送り主は、社長だった。
面白いオーディションを見つけました。君の事務所からも出してみたらどうだい?
FAX送付状には雑な文字でそう書いてあった。そして送付状と一緒に、チラシが送られてきていた。
劇団6番シード第14回公演 「星より昴く」 主演募集
25〜30位の男性
7月6〜8日・築地ブディストホールの公演と2ヶ月間の稽古に参加可能な方
経験不問 オーディションの日時は・・・
「え、明日!?いくら何でも急過ぎるよ・・」
社長には申し訳無いと思いつつ、チラシを折り、ごみ箱に入れようとしたとき、電話が鳴った。 「あ、轟です・・・東京の地下鉄の路線図って売ってるんですかね?」
信じて楽しむ、か・・・轟の声を聞き、崎山は、昨日の社長の言葉を思い出していた。崎山は轟の質問には答えず、一言こういった。
「いますぐ、事務所に来てくれ」
一週間後、崎山と轟は二人して電話が鳴るのを待っていた。今日、この事務所に結果の連絡がくることになっている。
「社長、俺、オーディション受けれてほんまによかったです。東京ってやっぱり広いんですね。いろんな役者さんがいました。びっくりしました。俺ももう芝居始めて10年近く経ちますけど、才能ある人ってたくさんおるんやって、改めて気づきました」
轟は電話を待つ間の沈黙が苦しくなったのか、ぽつぽつと話を始めた。崎山は、静かに轟の話を聞いていた。
「もし、このオーディションがだめでも、ゆうか、だめでもともとなんですけど、やっぱり東京で頑張っていこうっておもてます。せやから、よろしくおねがいします」
「俺のほうこそ」
崎山は轟の前に立ち、言った。
「俺のほうこそ、よろしく。実は・・・オレあんまり君に期待してなかったんだ。あの時も、うちには米倉しかいないし、一人ぐらい多くなってもいいか、いつか使えるかなぐらいの気持ちで君を所属させたんだ。そのことは、申し訳ないと思ってる。すまなかった。でも今は、米倉と君を信じて、一緒に楽しんでいきたいって思ってるんだ。頼りない社長だけど、あきずについてきてくれな」
二人は握手を交わすと、ようやく本当の意味で、轟が崎山プロダクションの一タレントとして歩き出すことになった。
RRRRR・・・・ RRRR・・・・
笑顔だった二人の顔が一瞬固まった。崎山は深呼吸をすると、電話を取った。
「・・・はい、崎山プロダクションです」
轟は崎山の背中を見つめていた。小刻みに震えていた崎山の肩がぴたっと止まる。
「わ、わかりました・・・すみません・・・ありがとうございました・・・」
受話器を置いても崎山は固まったままだった。やがて、振り返った崎山の顔には、満面の笑みがあふれていた。
「社長・・もしかして・・・」
崎山はカレンダーを開き、7月のページにマジックで大きく
「轟・築地ブディストホール・星より昴く出演決定!」
と書き込み、轟を見つめ、つぶやいた。
「龍治君、君こそ、わが崎山プロダクションの希望の星だ」
つづく |