作・演出 松本陽一

新宿という一幕劇
〜「0:44の終電車」プロダクションノート〜

この公演には様々なエピソードが残りました。そんなよもやま話を映画のパンフレット等でよくあるプロダクションノート風に綴ってみたいと思います。

まずキャッチコピーとなった「電撃の100幕劇」ですが、終わってみたら台本のラストシーンナンバーは「137」。映画一本がだいたい100シーンある、と言われたのを思い出しこの100幕劇という言葉を思いついたのですが、まんまと大幅に超過しました。登場人物達が走り、交差し、語るという冒頭のプロローグシーンはまさに映画の予告編をイメージして書きました。そんなこんなで映画を意識した舞台劇を作りたいという思いは最初からあったのでしょう。ちなみに役者の間で「シーン100」は何になるか!といった話題が稽古場で上がっていて、実は私も楽しみにしていたのですが(最初はラストシーンが丁度100になるつもりで書き始めましたが、その時点でもう100を越えることは確定的たったのです)、その栄えある「シーン100」は、

    錠前屋の少年(川崎だん)が鍵穴から外を覗いて

    「あ、もう一人きた」

    というだけの5秒くらいのシーンでした。


上演時間が長い!…これはよく言われる言葉です。私もなんとか短くと思いつつ、いろいろぶっこんでしまうタチで、これでもかなりのシーンや台詞を削りました。割と稽古場で平気にざくざく切っていくのですが、役者からは特に台詞が削られると「体の一部を削られるみたいだ」というおセンチな意見も聞かれました。

カットされたシーンにはこんなものがありました。

東中野にいるであろう風俗嬢HANAを追って、探偵の二人と主人公の堀田がそのアパートに向かう、ここまでは本編でもありましたが、実は間がいろいろあって、堀田と探偵が乗った電車が人身事故で止まり立ち往生、その間新宿駅の駅員二人はダイヤが乱れて大混乱、その隙に新宿北署の刑事が先に到着する、というものでした。構成の段階(台本に上げる前)では、立ち往生した電車で暇を持て余す探偵が裏路地を疾走しているパトカーを見つけ「そんなに慌てなくても」と呑気に揶揄する、というようなシーンもありました。

この作品は様々な登場人物達が交差していくのがひとつのポイントだったかなと思います。だいたい脚本を渡すと役者の間でチームが出来、チーム○○なんて呼んで一緒に稽古したりしてますが、今回は途中からそのチーム編成がどんどん変わっていって、役者も混乱してました。これもだいぶボツになったシーンがあります。

金沢から上京してきた森本静(宮岡あづさ)と、痴漢事件を調べていた駅員の誠(土屋兼久)が裁判所ですれ違うシーン、刑事に逮捕された探偵の御堂筋吾郎(妹尾伸一)が、留置場で風俗店店長牛尾(浅田啓治)と出会う、などのシーンがめでたくカット。変わりといっては何ですが、アルタ前でティッシュ配りをしていた探偵の蟹子(椎名亜音)が娘の美佳(戸田早奈美)と友人の丸腰(鈴木悠斗)と出会い拉致するというシーンは最初の構想ではなかった交差です。とにかく今回は群像劇の要素が強く、またその脇のキャラのサイドストーリーを考えているととめどなく出てくるので、主人公の堀田とHANAに物語を絞るのに大変苦労しました。この作品を全12話の連続ドラマにするのはそんなに難しくないと思います。

私の作品では、名前を呼ばれるキャラと呼ばれないキャラがはっきり分かれます。台詞で名前を呼ぶというのはけっこう気を使う作業で「やあ鈴木」という台詞が日常会話にはないと言えばその意味もお分かりでしょう。呼ばれていない人々の中で面白い名前は、探偵の相棒・諏訪蟹子(椎名亜音)、なんかありえない名前をつけたかったので大変気に入ってますが、前半で呼ぶきっかけを失い、そのまま一度も呼ばれず。また、宇田川美樹が演じた狂気の女刑事は「香水華」という名前です。中国名のようですが、その辺りの設定は物語ではまったく触れていません。この狂気あふれる人物を作ろうと思った時に「裕子」とか「花江」といった一般的な名前ではどうもピンとこず、とにかくカッチョイイ名前がつけたい!というのが命名の理由です。あと何故か「連呼キャラ」という名前を頻繁に呼ばれるキャラがだいたい毎作品一人はいて、今回は田中寿一が演じた風俗店の客引き兄ちゃん「野田」がやけに連呼されてました。特に意味や狙いはありません。

抽象舞台だったのではっきりと場所を明示していないシーンも多々あります。最初にHANAが夜空を見上げ鼻歌を歌い小雪が舞い散るというシーンは、ゴールデン街そばの遊歩道でした(実際に照明さんとロケハンに出向き、この場所の雰囲気を出してくださいと無茶なお願いをしました)。探偵事務所は小田急線南新宿駅のすぐそばにある雑居ビル。ホームレスの都知事達は花園神社で暮らしているという設定でしたが、実際は多分暮らすのは無理でしょう。一応お叱りを受けないよう物語中で神社とは言いましたが「花園」とは言わないでおきました。クライマックスで堀田とHANAが出会い、そこに刑事など一同が会すというシーンは、実は…「都庁前」です。説明してもアホっぽいだけなので作中でも語ってません。都庁前の円形になった広場に大雪が降るというイメージでした。本当に作者の整合性だけ言えば、東口(歌舞伎町)方面はパトカーがあふれているので西口オフィス街に逃げてきたという設定で、最後に新宿駅に向かうのも近いし、ふらふらと駅を出た娘の美佳と出会うのも、西口なら人も少ないし可能かなあ、と。一応そんなつじつまを合わせたりします。

タイトルとなった「0:44の終電車」は実際に存在します。大江戸線の新宿駅から光が丘方面に出る最終電車です。これには面白いエピソードがあって、チラシ打ち合わせの第一回と、美術打ち合わせの第一回にスタッフさんから異句同音の質問をされまして、

   「この0:44の終電車は地下鉄ですか?」と聞かれました。
  
   確かに地下鉄のイメージだったので当たりなのですが、何故そう思ったかと聞くと、

   「人があまりいないイメージがあった」とのこと。

そしてそのイメージがあてはまるのが大江戸線かなということで、設定が大江戸線のホームとなりました。実はこの時点でタイトルの時刻はただ単に音の響きだけで決めていたのですが、その後大江戸線の時刻表を調べてびっくり。本当に終電車が「0:44」だったのです!これ実話です。

とにもかくにも役者は無事に走りきり、この大変な137幕劇を沢山の方々の尽力で終えることが出来ました。終わってみて感じるのは、結局新宿という街を舞台をした「一幕劇」を書いたんじゃないかなあという思いでした。作者自身も突っ込みたくなる一番の強引さは「新宿から主人公達を出さない」という制約。逃げるんなら品川だって上野にだって逃げれるのに。その広いようで狭い、狭いようで奥深い新宿を使って、大変愉快な作品が出来たんじゃないかなと今は思っています。作品の登場した沢山の荒唐無稽なキャラクター達、それはすべてこの街の持つ力に触発された結果かなあと思うのです。

と同時に、こうも思いました。もしこの作品を新宿を一番良く知っている人、例えて言うなら新宿の神様がこの作品を観たら、こう言うんじゃないかと。

   「お前の想像力なんかそんなもんかい。新宿にはもっと凄い連中がいるぜ」と。


ご来場ありがとうございました。


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